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自分のやっていることに対しての迷いの有無

 

自分が好きでやりたい「コト」の背景には、通常何らかの「思いや感情」があったりする。

やりたい思いや感情の理由が明確になっている人は、自分のやっていることに迷いが少ない。

例えば、私が読書が好きな理由に、本から教えて貰ったことが山ほどあって、救われたり役に立ったりしたからだ。

だからなんで読書するのか?なんて悩む事もないし、本は高いから買うのを止めようなんて思うことも無い。

トレランやスイムもやり始めてから、好きになった理由が明確にある。

山で走って来たあとの充実感が最高だという感情があるし、身体を鍛えて健康を手に入れているような思いもある。

スイムをするようになってから、肩がまったく凝らなくなり、延々と仕事が出来るようになって、痛みから解放もされたという感情がある。

だから自分が好きでやりたい理由が明確なので、なんでこんなことをしているのか?なんて止めようと思ったり、迷ったりしない。

 

でも、自分がやり続けている理由が分からないものがある。

例えば私の仕事などは、なんで続けているのか理由が分からない。

生活のためだとも思っていない。

生活のためなら、もっと儲かる仕事のやり方をしていると思う。

実際、昔はそんな仕事の仕方をしていたときもあった。だから儲け主義で、やれないわけでもない。

でもそうじゃなくて、単純に仕事が楽しいと思ってやっている。

誰にも邪魔のされない状況で、没頭していたら、食事も一食も食べてなかったなんてことは年中ある。

そう考えると仕事は好きだし、たぶんけっこう楽しいと思っている。

何だか分からないけど、好きと言う感じ。

でも理由が明確になっていないから、けっこう迷う。

私の本当にやりたいコトってなんだろう?

私はこのままで良いのだろうか?って、考える。(贅沢な悩みかもしれないが)

で、今日アイミングという(コーチング+傾聴÷2のみたいな感じのセッション)を受けた。

終わってから気がついたことがあって、なぜその「コト」が好きになったのかを、自分で、考えない、気づかないようにしているかもしれないということだ。

思い出してしまうと、その感情や思いの消化方法がわからないから、自分にとって都合が悪かったのかもしれない。

これがわかって、一歩進んだ気がする。

自分のやっていることに対しての迷いの有無

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