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お題が与えられた短編小説

これも大学の課題だったのですが、お題が与えられていて、

「どっちから見るかという話には違いないが、ここでは裏返して考えよう」

というこの後からの物語を作成するといったものだった。

実際にこの書き出しの小説があるようで、原作がなにかはちょっと分からないのだけど、こういった課題は結構楽しいし、原作はどうなっているのかと読んでみたいと思っている。

 

お題が与えられた短編小説

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「どっちから見るかという話には違いないが、ここでは裏返して考えよう」と隆史がたくさんの文字で敷き詰められた紙を裏返しにしながら言った。

続けて、私は隆史に「結局は、自分の意見を通したいだけじゃないか」。と言いたい気持ちになったが、その場で言うことは、スマートな判断だとも思えなくて、気持ちを抑えていると、隆史は、こうも付け加えた。

「お互いの立場になって見方を変えれば、どちらの考えも正しい。だから今すぐに白黒はっきりさせるのでは無く、グレーでいる期間がもう少しあってもいいんじゃないかなー」

ここで言葉を発すると、悲しい気持ちが流れ出てきてしまうような気がして、キッチンに行ってコーヒーを入れることにした。

 

大学を卒業し、IT外資系に勤めるようになった私は、年齢的にはお局様の域に入って来ているが、総合職のせいかお局様と言うより、男性と同等の扱いを受けることの方が多かった。同時に会社の合併だとか出世競争だとか、それなりに社会の色々も乗り越えてきて、お局様とはまた違った逞しさを身につけたように思う。

三十代になってから、仕事が忙しくてやりがいもあって、あっという間に三六才にもなってしまったけれど、これまではパートナーに不自由することも無かったし、他の女性と比べてもスペック落ちすることは無いから、結婚する気になればすぐに出来ると思っていた。

でも実際結婚したいと思うようになってから、気持ちの空回りをすることが多くなり、もしかしたら恋愛市場と結婚市場って違うのかな?なんて考えたりもして、恋愛指南書を読むことも増えてきた。

そして知識が得られるに連れて、焦る気持ちも増えていった。

 

あるとき親友の聡美が、部署の異動をしたいと上司に相談してみようか思っていると言うのだ。

聡美は同じ総合職で同期入社以来、時々ランチをしたり、夕食をしたりしていて、聡美の結婚相手も、一緒に行った合コンで知り合った人だったというくらい、お互いに知らないことはないぐらいの仲良しだ。

聡美は結婚して四年目になるが、部署を異動したい理由は、妊活に集中したいからと言うことだった。

新婚一年を過ぎた頃から、妊娠のタイミングを狙っているのに、まったく兆しが無いために、病院に行ってみると、卵管の片方が閉塞しているせいで妊娠しづらいということがわかった。

チャンスを高めるために、体外受精などの医療の手を借りることにしたが、不妊治療には、通院の多くの時間を取られるし、仕事のストレスがホルモンに影響を与えているかもしれないので、負担を減らしたいという事だった。

聡美から頻繁に妊活の話を聞くようになってから、自分も悠長にしていたら、貴重な妊娠可能期間を逃してしまうと、焦る気持ちが出てきた。

そんなときに、付き合って一ヶ月の隆史が「結婚したい」と言ってくれたのだった。正直なところ私は、隆史の事が好きかどうかは分からなかったし、結婚したいという言葉自体も、ピロートークかも知れないが、結婚するならばいつ妊娠しても良いかも知れないという考えには至ったので、それ以降、隆史とは避妊を一切しなかった。

隆史からは「結婚したい」とか「早く子供が出来たらいいな」などと何度も言われていた。けれど隆史にとって、そういった類いの言葉は、愛情表現の一つに過ぎないと分かるのに一年もかかってしまった。

素直に言葉の意味を捉えていた私は、快諾する言葉を返していたし、相談もして不妊治療専門外来にも行くようになり、妊娠のタイミング指導を受けるようになっていた。

でも結婚の話はいつまでも具体的な話にはならないし、最初の頃は、具体的に進めるには何かのイベントを狙っているのかも知れないと考え直したりもして、二人で行った旅行、クリスマス、ホワイトデー、それ毎に正式なプロポーズを期待していた。

しかし私の誕生日も簡単に過ぎていった。

誕生日からちょうど一週間が過ぎていた。隆史には期待外れと少しの不信感が湧いていたけれど、土曜日出勤を終えた隆史と待ち合わせをして、うちの近くでランチをすることになり、昼間からワインを飲んで気分が良くなっている隆史が言った。

「あー梨子と結婚したら、毎日が楽しいだろうなー」

その言葉を聞いて、私は無性に腹が立ってきて、つい言ってしまった。

「本当に結婚する気なんてあるの?」

険悪な雰囲気になったが、隆史は私の家でこれからのことを話し合おうと言った。

隆史の提案で感情的にならないように、自分の気持ちをお互いにこの紙に書いてみようと言うことだった。

隆史は仕事でも、言葉をチャート図にしていくことを得意としていて、視覚的に確認していくと考えを拡げることや共通認識をスムーズにすることにも効果があるので、会社のミーティングでは重宝されていると言うことは、以前から聞いていた。

一時間ぐらいをかけて、二人の状況や考えを書き出した

。自分の気持ちを言えたことにはスッキリしたけれど、隆史は、どうしても子供が欲しいし、子供が出来なければ結婚したくない。

一方、私は結婚しなければ妊娠なんてしたくないし、もう妊活も止めたいという、二人の違いが、はっきりしただけだった。

そして隆史が二人の気持ちを書き連ねた紙を裏返しにしたのを見ると、私には時間の無駄使いをしたように思えた。

私がコーヒーを淹れて戻ってくると、隆史は話を続けた。

「梨子の気持ちはよく分かったよ、妊娠や不妊治療の大変さについては俺も無知過ぎた。でも俺だって結婚相手は子供が出来やすい若い女なら良いって訳じゃ無いんだよ。本当に結婚相手は梨子しか考えていない。でもさー、俺って長男じゃん?親孝行も何もしてきていなかったけど俺的には孫ぐらい抱かせてやりたいわけよ。だからもうちょっとだけ妊活を頑張ろうよ」

スッキリとしない気持ちを抱えながら、隆史と日曜日の午後まで一緒にすごした。

いつもの月曜日が始まり、私は次のアポまでとランチの時間を削って、不妊治療専門外来に来ていた。

隆史との関係や妊活を止める決断もできなくて、生理周期で自動的に決められるサイクルでまた来てしまった。

広い待合室は今日も混雑していて、まだ十一時だと言うのに診察受付の用紙には二六〇番と印字されているから、既に二六〇人もの不妊治療をしている患者が来ていたことになる。担当医が

「三日後ぐらいが排卵日ですかねー。ホルモン数値も良い感じで上がってきてますよ。今日からタイミングを取ってくださいね」

と、事務的に言った。

診察の会計を待っている間に、私は少しウンザリしながら、昨日の隆史が書いた、二人の気持ちのチャート図を眺めていた。書き込んである感情的な内容とは釣り合わない論理的なチャート図だった。

「ちょっと焦って戦略ミスをしてしまったわ。入籍するまで妊活なんてするんじゃ無かった」

と、ため息を吐きながら、心の中で愚痴った。

そして二人の望みだけを書き連ねた紙を、グシャっと力一杯に握って、小さくして鞄の中に捨てた。隣に座って居た女性の視線を感じながら心の中でつぶやいた。

「裏返しじゃなくてやっぱり白紙するわ、紙一重ってこういうことね、裏返しにしたら簡単に白紙になるのね」

以上 二九〇〇字

 

創作の経緯、作品の狙い

「どっちから見るかという話には違いないが、ここでは裏返して考えよう」と一文を読んだときに、頭に筒状ののぞき穴が浮かんだ。

同じ物を見ていても、人により見え方が変わってくるというのは、日頃から感じていて、人の考え方はそれぞれであって、どちらが正しいというのは難しいしどちらも間違っていない事がある。特に男女の関係においては、立場や性の違い、身近な存在であることから、そういった意見の食い違いは多いと思い、男女間の意見の相違を題材にしてみた。

以上 二二〇字

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