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どうして農業なの?VOL,3

どうして農業をしてみたいのか?というのをあらためて考えてみることにした。

 

今日は原体験視点。

私は観葉植物が大好きで、大小あわせて13鉢、これに時々季節のハーブが加わるので、現在のわが家は広さのわりには緑が多い。

観葉植物の世話をするときに、亡くなった父親をよく思い出す。

 

私の父親は、三人いて一番最初は、私が三歳8ヶ月のときにすでに亡くなっている。

だから全くと言って良いほど、記憶はなくて、親戚が教えてくれた言葉でできた父親像だ。

 

私の子どもの頃、父は造園屋を営んでいてた。母の話では、父親はアイデアマンで仕事がよくできた人だったという。

現代では一般的になっている、観葉植物リースのビジネスモデルを一番最初にやった人だそうで、それが商い的にはとても上手くいったらしい。

 

自宅は東京だったけれど、家の庭には、たくさんの花や果物の木があって、一緒に住んで居た祖母が、よく世話をしていた。

春には梅の木から梅の実を採って梅干しを作ったり、チューリップの球根を植えたり季節毎に楽しんだ記憶がたくさんある。

キンモクセイやくちなしなど香りの強い花が、子どものころから大好きだった。

レモンの木の葉を食べている、大きなアゲハ蝶の幼虫は怖くて近寄れなかったのに、カタツムリは大好きで、雨上が降ると大きなカタツムリが発生するところに行っては、持ち帰ってきて庭に置いた(全部死んでしまっていたのかもしれないが)

 

2番目の父は母親が再婚したので、養子縁組をした。

その父の実家は農業を営んでいて、父方の祖母が一年に一度送ってきてくれる、杏の紫蘇漬けが大好きだった。

まだ青い杏で、カリカリに漬けてあって、私はそれだけでご飯が何杯も食べられた。

夏に遊びに行ったときにちょうど桃が出来ていて、採れたては固くてビックリしたが、美味しすぎて、食べ過ぎだと怒られるまで食べた記憶がある。

もしかしたら、私の桃好き(夏になると産直で、100個は余裕で食べている)の原点はここかもしれない。

 

3番目の父は、現父なのだけど、母も亡くなってから、養子縁組してもらった親戚。

この父は、東京農業大学の修士課程まですすみ、外資系や日本企業の農薬大手で働いていた。

ちなみに、現母も農大。

 

自分の直接的農業体験は、東京から神奈川に引っ越ししたときに、自然が一気に増えて、畑という存在をきちんと認識したときでもあった。

小学生の頃に他人の家の庭で、人の家のモノだとは知らず夢中で、タケノコをたくさん採ってきてしまったことや、農家の栗の木だと知らず、栗をたくさん拾ってきてしまったことがある。

母が、もしかして人様の家のものでは?だから返しに行くべきだと言ったのに対して、人の家のものではないと言い張ったのを覚えている。

実際、人の家のモノだとおもっていなくて、翌日心配になって、栗畑にもう一度足を運んで、よくよく確認したら確かに畑っぽくって、落ちていたものだけ拾ったのだから大丈夫!なんて、自分のなかでいい訳をした。

 

振り返って見ると、直接的に農業に触れる機会は、本当に少なかったような気がする。

だから逆に農業の大変さも知らないし、悪い印象がない。

完全に未知だからワクワクしてしまう。

だって小さな種から、おいしい野菜や果物が出来てしまうのだから、生命って本当にすばらしい。

 

さて、昨日はチームしいたけのタケちゃんとなんと、2時間半のLINEテレビ電話トークをした。

私があまりに農業で色んな野菜作りたいって、テンションあがっているので、しいたけの宿題が出されたwちょっとぷりっとしていたかもw

しいたけもちゃんとやるし、野菜もぜったいにやる。

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