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結果から言うとDNF当日(スイム)。 2015年村上笹川流れ国際トライアスロン大会に参加してきました。
- CATEGORY スポーツと旅
- UPDATE : 2015.09.24
- LAST UPDATE : 2015.09.24
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2015年9月20日行われた、村上笹川流れ国際トライアスロン大会に参加してきた。
先に言ってしまうと、残念ながらDNF
DNFとは=Do Not Finish。 スタートしたけどゴールできずリタイアしたと言う意味。私の場合は時間切れでアウトだった、反省と今後に気合いの意味を込めて書きます。
友人のマスタロとバッシー、バッシーの彼女、今回バッシーに紹介してもらったテンさんとの五人旅。
今日は下記エントリーの続きです
1)結果から言うとDNF(泣) 2015年村上笹川流れ国際トライアスロン大会に参加してきました。
とこちらの続き。
2)結果から言うとDNF当日。 2015年村上笹川流れ国際トライアスロン大会に参加してきました。
運良くスタート前に皆と合流できて、すぐに第一ウエーブのスタートとなった。
ウエーブスタートとは、一斉スタートの混雑を避けるために、何組かに分けて、時間をずらして出走させるスタート方式だ。
テンさんとバッシーは第二ウエーブだからもうスタート地点に移動しなければならない。
続いてマスタロは第三ウエーブ、私は第五ウエーブとなる。ここで離れると、私はおそらくゴール地点まで誰とも会えないだろう。
安全に完走しようと、グーを四つ合わせた。
どんどん前の組の人たちが、プワーンという音とともに海の中に入っていく、前日に配布されたウエーブ毎に色違いのキャップをかぶり、青やピンクの固まりが水しぶきを上げながら、進んで行く。
スイムコースは浜に沿って1.5キロの往復コースで、外海にテトラポットがおいてある内側を泳ぐコースとなっている。
女子は10時30分スタートの第五ウエーブ。最初のスタートから30分が経過しているために、早い男性だと既に陸に上がってきているだろう。
しかし私はそんな事すら考える余裕はなく、何度やっても落ち着かない無駄な腹式呼吸を繰り返していた。
スタート地点に着くと、心の準備も出来ていないままスタートの合図がなってしまった。時間制限は60分。
女子総勢116名が一気に海の中に入っていく。
私は人とぶつかることを避けて、一番最後に海の中に入って行った。海の中に入ったら、波打ち際の足の届くところでボビングをしようと思っていたが、すぐに足の着かないところに流れてしまい、一瞬陸に戻ろうかとも考えたが、さすがに恥ずかしいのでもう先に進むしかない。
50メートルほど顔を海水につける決心がつかないまま、そのまま前に進んで行き、今度は背面泳ぎにして後ろをみると、モタモタとばたついている女性が一人居た。
その周りにはレスキューボートが二台、いつでも助けられるように構えていたが、ほどなくして気持ちが落ち着いたのだろうか、私をバタバタと追い越して行った。
一方私の方は、100メートル程度は進んだようだが、クロールがきちんとできない。
前日の雨の影響で、海は真っ黒に濁っていて何も見えないから、顔をつけると恐怖心がでる。
プールでの私は左右呼吸をしているので、3回目の腕回しで息継ぎをすることになるが、波があって顔を出したときにうまく息が吸えないので、顔をつけてしまうと、もう二度と空気が吸えないような気持ちになって、背泳ぎばかりをしていた。
背泳ぎの格好になるたびに、レスキューの人が私に声をかける「大丈夫ですか-?」
私は「大丈夫です。すみません、怖いだけです」。と答えると「無理しないでくださいね、どこか痛いところないですか、苦しくないですか」。と聞かれる。
海水を飲んでしまって、苦しいときも、返事をするまで同じ声かけが繰り返されるのだ。
もう一時間近く泳いでいる気がして、途中レスキューの方に、もう時間切れに近いのではないかと、聞いたらスタートから15分しか経過していない。
私が見える範囲には、選手は誰も居なくなっているのに、そのときまだ1/3も進んでいないのだった。
一瞬もう止めようかと過ぎったけれど、皆でゴールをしたいという気持ちから、なんとか泳ぎ切りたいと思い直した。
半分の折り返し地点が見えたところで、レスキューの方が、「もうすぐ半分です。がんばって」と声をかけてくれた。
半分まできてようやく気持ちが落ち着いてきて、大きく腕を回すことに集中するが、まっすぐに進めない。
レスキューの方に近づいてしまい「もっと右に行ってー」と声を掛けられることと、往復のコースの間にあるロープに当たるを繰り返しながら進んで行った。
私は一からスイムを教えて貰っているのでプールでは、ほとんど曲がらないで泳げるようになっていたのに波や流れでまっすぐ進めないことに焦りが出るし、向かい波があって流されてしまって、とにかく全然進まない。
テトラポットの切れ目部分が3カ所あり、特にその付近は波も高くうねりがあるから、息継ぎがうまく出来なくて息継ぎをしようとするたびに、顔に波が当たるし、うねりでバランスが取れないけれどスタート時点よりは泳げるようになっていた。
ちなみにこの時点で私の周りにはレスキューの方が4名、バイクに2名、カヌー?に1名、ダイビングスーツを着て頭だけ出している方が1名。
私が一番後ろだから、この状態でおそらく15分以上付き合っていただいている。
泳げるようになってきたのは、もしかしたらレスキューの方に囲まれていて安心度が高まったからかも知れない。
とはいえ、岸辺に居る方も含めて、多くの方が私のために時間を取られていると考えたら、もう止めてしまった方が、これ以上迷惑を掛けないで済むのではないか、ということが何度も頭に浮かんだけれど、とにかく泳ぎ切りたかった。
すると、レスキューの人たちが大声で会話を始めた。私に何かを言っていると思い、顔を上げると、一番近くの方が「あと8分終了です。頑張れば間に合います!」と言ってくれた。
えー間に合うのか?と思いながら、早めに腕を動かし泳ぎ始めた。
最後のブイは近くに見えている。そこまで行けば残りは50メートルほどだ。
しかしそこはテトラポットの切れ目になっていて、波もうねりもあって息継ぎが出来ない、流される、バランスが取れないといった一番最悪な場所だった。
海水を飲んで、あたふたしていると、「終了でーす」。声が掛かった。60分が経過し、とうとう、その時間は来てしまった。
水上バイクに引き上げられると、ホッとしたというよりも、ずっと付き合ってくれたレスキューの方達に、申し訳ない気持ちと情けない気持ちになり、「すみませんでした、ありがとうございました」。と一言だけようやくいうと、涙が出てきた。
陸に上がると、救護の方々が待っていて念のため救護室にお願いします。と言われ、同時にペットボトルの水を渡してくれた。
正直何を話したのか、聞かれたのか覚えていないけれど、おそらく10分ぐらいはそこに居たと思う。
その後、スタッフの女性が簡易シャワーの場所まで連れて行ってくれた。
冷たい水を浴びながらウエットを脱いで、私の初トライアスロンは、トライアスリートになれないまま終了した。
ちなみに私以外に泳いでいる人が見えなかった時間が30分以上あったので、DNFの人はもっと早い段階で、泳ぐのを止めていたのかも知れない。
DNFは何人居たのだろうかと、どのように表示されているのかを確認をしたくて、大会公式ページで探すも、私の名前は何処にも掲載されていなかった。
遅すぎて、存在自体を忘れられていたのかも知れない。
悲しすぎる。
あとがき☆☆☆
この連休で大学のレポートを結構やった。次の締め切りは10日だから、スクーリングレポート以外の提出目標は2教科出来ると、後の通信課題提出が少し楽になります。先ずはトライアスロンが終わったので、間に合わせのツメツメスイム連はなくなるので、その分時間が増えるので、今度はロタに向けて、引き続きのスイム連とバイクをやらなくちゃ!
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